病気や地獄の苦しみから救われた事例や頭痛が治った体験談が載っています。

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争いが消えた 不仲が直った

新健康協会さんに行く前は家族との不仲というか口争いが多かったのですが新健康協会さんに行ってか

らは争いも無くなり、口争いも無くなりました。

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欝が消えた 欝が治った

新健康協会さんの浄霊の御蔭を書きます。

私は頭が悪かったのですが浄霊をいただいて頭が良くなりました。浄霊を受けてる最中にも頭の回転が

良くなったと感じていました。

私は欝(うつ)のようないつも悲しい感じがしていました。未来に対して暗いような感じも抜けません。

しかし今から一月ほど前に新健康協会さんで浄霊をいただきに行き今3回ほど行かせていただきましたが

いつもの悲しい感じやうつのような感じが消えました。ほんとにすごいです。浄霊一回のお玉串の

お金も千円だけなのも有難いです。家族とも話しがしやすくなりました。それも有難いです。

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病気・病が治った例

病気や病が治った体験談を載せます。また災いや苦しみが治った体験談もあります。

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疥癬の原因 

疥癬の原因    寸評(光23号)  白光生

『光』23号、昭和24(1949)年8月20日発行

 疥癬(かいせん)の原因は種痘のためである、種痘によって天然痘毒素の発生の力を

弱められたので、毒素は緩慢な発生状態となる、それが疥癬である、ゆえに重症疥癬は

天然痘と同一症状であるに見て、疥癬とは慢性天然痘と言ってもよい、したがって、種痘

以前は疥癬病はなかったはずである。

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胃病と心臓病

胃病と心臓病

未発表『医学革命の書』昭和28(1953)年執筆

 前項において結核は詳しくかいたから、今度は胃病と心臓病についてかいてみよう。そ

れはおよそ人体中最重要機関としてはこの三つであるからで、この三つの基本的活動に

よって、人間のあらゆる機能は活発に運動し、健康は持続されるのである。昔から人間を

小宇宙といわれたが、全くその通りであって、すなわち心臓は太陽、肺臓は月、胃の腑

(ふ)は土という訳で、言わば火水土の三位一体である。従ってこの三機能の関係を基礎

として、病理を立てたものでなければ、真の医学とは言えないのである。そうして三機能の

中でも特に重要なのは、火と水との関係であって、言うまでもなく火は経(たて)に燃え、水

は緯(よこ)に流れると共に、火は水によって燃え、水は火によって流動するのである。ち

ょうど夫婦関係のようなものであって、もし水がなければ、地球は一瞬にして爆破し、火が

なければ一瞬にして氷結するのである。ゆえに人体といえども火の心臓によって水の肺

臓は活動し、水の肺臓によって火の心臓は活動しているのである。また人間の想念にし

ても、愛は心臓が原(もと)であり、理性は肺が原であるから、事実にみてもよく分る。愛情

の炎とか[ハートマーク](表示できないため代用)の熱などといわれるし、それと反対に冷

静の眼、理智的判断など肺の働きをよく示している。つまりこの両機能は陽と陰、持ちつ

持たれつの関係にあり、両者それぞれの本能を発揮出来れば、人間は霊肉共に健全で

あるのである。

 そうして次の胃であるが、これは飲食物を処理し、肉体を養う機関であるから、火と水の

活動が旺(さか)んであれば、それだけ胃の活動も活発になる訳で、大地と同様太陽の光

と月の水とが充分であれば、土は活発となり、植物はよく生育するのである。従って人体

はこの三位一体的活動を促進する事こそ、健康の根本的要諦である。この意味において

右の三機能の内の一つの良否でも全体に影響する以上、医学のように肺が悪ければ肺

を、心臓が、胃が悪ければ、それのみを治そうとするのは、いかに間違っているかが分る

であろう。ではこれから胃と心臓について解説してみよう。

 今まで説いたごとく、いかなる病気もその原因はことごとく薬毒である事はもちろんだ

が、その中でもこの胃病くらい薬毒が直接原因するものは外にないのである。何しろ薬を

飲むや一番先へ胃に入るからである。ゆえに全部の胃病は薬で作ったものであるのは争

えない事実である。まずこの病気の始まりは人も知る通り食中(あた)り、食過ぎ、運動不

足等のため、胸焼、もたれ、胃痛、消化不良、重圧感等の苦しみが起った場合、放ってお

けば自然に治るべきものを、薬迷信のため必ず何らかの胃薬を飲むので、一時はスーッ

とするが、暫(しばら)くして再び同様の苦しみが起る。それは最初の浄化を薬で抑えたか

らで、毒はそのまま残ると共に、その時飲んだ薬毒も加わるので、起る毎(ごと)に少しず

つ悪くなり、期間も縮まってくる。というように繰返す内ついに慢性となってしまい、名の付

くような病気になる。

 すなわち胃アトニー、慢性胃痛、胃痙攣、胃下垂、胃潰瘍、胃癌等々であるが、これを

説明してみると、胃アトニーは胃酸過多症ともいい、酸が多すぎる症状で、この原因は自

然は消化を援けるため、不断に胆嚢から胆汁を胃に送っているが、薬毒という異物が消

化を妨げるので、胆汁は多量に要するからである。また慢性胃痛は一旦吸収された薬が

毒化して還元し、胃壁を刺戟するからであり、胃痙攣は胃薬が胃底に溜り、ある程度を越

すと急激に浄化作用が発(おこ)るからで、これも医療は激痛緩和のため麻痺剤等を用い

るので、一時は楽になるが癖になり易いものである。
 次に胃下垂であるが、これも医療で作る事がよく分る。すなわち消化のいいものを食

い、消化薬を飲めば胃の活動の余地がないから、胃は弱って睡眠状態となり、弛緩する

のは当然である。従ってこの病気を治すのは訳はない。薬を全廃して普通食を普通の食

べ方にすれば自然に治るのである。これについても注意すべきは、よく噛むのをよいとし

ている事で、これが大変な誤りであって、よく噛む程胃は弱るに決っているから、半噛みく

らいが最もよいのである。

 次に胃潰瘍であるが、この原因は胃薬永続のためである。何しろ胃薬には消化剤とし

て必ず重曹が入っており、重曹は食物を柔らかにすると共に、胃壁までも軟らかにブヨブ

ヨにしてしまうので、そのため粘膜に極微な穴が穿(あ)き、そこから絶えず血液が浸出す

る場合と、固形物が触れ亀裂を生じ、出血する場合との両方がある。また出血にも二通り

あって、一は少しずつ胃底に溜り、黒色の粒となって、糞便に混って出る場合と、液体とな

って嘔吐で出る場合とがある。嘔吐は珈琲(コーヒー)色の液で、その中に点々と血粒を

見るが、珈琲色は血液が古くなったものである。しかも驚く程多量に出て洗面器一杯くら

い毎日吐く人もある。しかしこうなっても割合治りいいもので、その際の鮮血は新しい血液

であるから、衰弱も相当するが、心配する程の事はない。

 ところがこの病気も服薬を廃(や)めて、血の出る間だけ流動食にし、血が減るに従い

粥から普通食に移るようにすれば必ず治るのである。ここで注意すべきは、潰瘍の場合

流動食、安静、止血剤等で一時固めるので、この固りが癌に見られ易く、こうなった人は

胃の周囲に薬毒が充満しており、これが濁血、膿、ヌラ等になって、絶えず胃に還元し嘔

吐するのである。もちろん胃の容積も減るから食欲不振となり、衰弱斃(たお)れるのがほ

とんどである。また癌の場合肉食多量の人は、肉の毒も加わって経過も不良であり、肉食

人種に胃癌の多いのもそのためであるから、これを治すには肉食を廃め、菜食を主にす

ればいい。

 ここで消化不振または嘔吐感について注意したい事がある。それは彼(か)の幽門狭窄

(ゆうもんきょうさく)症であって幽門なる器〔機〕能は胃で消化された食物が腸へ下降する

通路になっており、この周囲に薬毒の固結が出来ると、圧縮されて狭くなり、通り難いから

逆流する事になるので、これも服薬を廃めれば自然に治るのはもちろんである。

 次は心臓病であるが、この原因は至極簡単である。すなわち心臓近接部に毒素溜結

し、圧迫のため脈搏(みゃくはく)不正、心悸昂進(しんきこうしん)と共に、肺も圧迫される

から呼吸逼迫(ひっぱく)する。これが普通の弁膜症であるが、この重いのが彼の狭心症

であって、これは心臓の周囲全体に毒素溜結し、全体的に固るべく収縮するので、心臓

は強圧のため、激烈な痛みと非常な呼吸困難を来すので、生命も危うくなるのである。こ

れらも浄霊によれば割合簡単に治るが、右は普通の狭心症であって、これと似て非なる

ものに心臓神経衰弱というのがある。これは突発的で命も危いかと思う程の苦痛が、数

分ないし数十分でケロリとしてしまう。これは心臓病で死んだ霊の憑依であるから、これは

霊的病の項目に譲る事とする。

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痛みと熱

痛みと熱

『新日本医術書』昭和11(1936)年執筆

 痛みは何の為であるか、これも医学では不明である。それは私がいつも言うがごとく、

病気排除の自己工作が、神経を刺戟するのであるから、これを放置しておけば、案外速く

治癒するのである。しかるに、この理を知らないから、氷冷、塗布薬、注射、湿布等を行う

のであるが、これらは悉(ことごと)く治癒の妨害である。なる程多少とも痛みは緩和する

が、非常に治癒が延びるのであって、時には予想外の不利を醸(かも)し、生命の危険に

まで及ぶという実例さえあるのである。且(か)つ痛みのはなはだしければはなはだしい程

治癒工作が猛烈に進行しているのであるから、激痛は長時間は滅多に無いのである。し

かし、我療法によれば、すべての痛みの解消は、驚くほど迅速であると共に、対症的でな

く、根本療法であるから、痛みの解消は病気全治となるのである。

 熱の原因については、医学上今以て不明であり、各学者の説も区々(まちまち)として、

一定しないようである。

 しからば、発熱とはいかなるものであるかと言うと、これは自然治癒の工作上、実に重

大なる役目をしているものである。それは心臓が、霊界から火素、即ち太陽熱を吸収し

て、病気を解消すべく、必要量だけを供給するのである。発熱の際、鼓動の昂(たか)く多

数なるは、その活動の旺盛期を示しているのである。又、発熱前の悪寒は、心臓が患部

への熱量供給を専(もっぱ)らとする為、その間全体的熱量供給が減殺さるるからであ

る。たとえば、戦争の為に軍隊を、ある一局部に集注させる場合、全体としての兵員配置

は、一時閑却さるるようなものである。

 よく人はいう。病気の際、発するところの熱は、健康時はどこに潜んでいるのであろう

か、それらしい熱の貯蔵所は、どこにも見当らないと。これはもっともな話である。しかしそ

れは、前記の理由が不明であったからである。心臓は熱の仲介機能であって、熱そのも

のは無尽蔵に霊界に充ちているのであるから、何百日といえども治病に必要な発熱は継

続する訳である。

 病気治癒に当って、熱は最も偉大なる功績者である。それは、あらゆる膿汁の溜結や

喀痰の凝結を解溶し、殺菌等をするからである。故に、熱を醒(さま)すごとき療法は、折

角の自然治癒を、全く妨害する事となるのである。

 しかし、医家はいうであろう。本来の病気は熱によって治癒するであろうが、高熱の為に

他の障害、例えば、脳を犯す等の事があっては、生命に係わるとの心配である。しかし、

私が、幾多の実験上、決してその憂は無い事を知ったのである。

 故に、風邪のごときも発熱をそのまま放置しておけば、至極順調に、速かに、治癒さる

るのである。よく世間風邪を拗(こじ)らすというのはこの理を知らないから、肝腎な発熱を

醒す為なのである。又、肺結核の経過不良と、治癒に時日を要するのは、全く解熱剤服

用の誤が、大なる原因をなしている。

 又、発熱は衰弱を増すという事を懸念するが、これも実は的外れであって、なる程、衰

弱を増すのは事実であるが、解熱による病状悪化の為の衰弱の方が、より大なるものが

ある事を知らなければならないのである。

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異食物に就て

異食物に就て

『明日の医術(初版)第二編』昭和17(1942)年9月28日発行

 薬毒の害及び異食物に就て詳説したが、今一層説かなければならない。それは人間の

消化機能なるものは、人間の食物として自然に与へられたる物以外は、全部消化し終る

といふ事は出来ないやうである。従而薬剤即ち洋薬も漢薬も天与の飲食物ではない。い

はば、非飲食物であり、異物である。又薬と称し、蛇、蛞蝓(ナメクジ)、蚯蚓(ミミズ)等を

呑み、其他生物の生血を飲む等はいづれも異物であるから、毒素は残存するのである。

 又近来カルシュウムを補給するとなし、骨を食する事を推奨してゐるが、之等も誤りであ

る事はいふ迄もない。凡ゆる魚は、身を食ふべきが自然で、骨や尾頭等は捨てるべきで

ある。即ち人間の歯は骨の如きものは囓めないやうになつてゐるにみても明かである。

故に、骨其他は猫の食物として自然に定つてゐるのである。そうして骨の栄養として骨を

食ひ、血液を殖やす為に血液を飲む等の単純なる学理は、一日も早くその誤謬に目覚め

ん事である。右に就て数種の実例を左にかいてみよう。

 私は以前、某病院の看護婦長を永年勤めてゐた婦人から聞いた話であるが、四十余

歳の男子、何等の原因もなしに突然死んだのである。その死因を疑問として解剖に附し

た処、その者の腸管内に黒色の小粒物が多量堆積してをり、それが死因といふ事が分つ

たのである。それは便秘の為、永年に渉り下剤として服んだその丸薬が堆積したのであ

つて、それが為、腸閉塞か又は腸の蠕動(ぜんどう)休止の為かと想像されるが兎に角、

死因は下剤の丸薬である事は間違ないのである。

 次に、右と同様な原因によつて急死した五十歳位の男子があつたそうである。只だ異ふ

のは、此者は下剤ではなく、胃散の如き消化薬の連続服用が原因であつて、解剖の結

果、胃の底部及び腸管内は、消化薬の堆積甚だしかつたそうである。

 次に、私の弟子が治療した胃病患者があつた。それは、胃の下部に小さな数個の塊が

あつて、幾分の不快が常にあつたのである。然るに、本療法の施術を受けるや間もなく数

回の嘔吐をしたのである。それと共に右の塊は消失し、不快感は去つたのである。

 然るに嘔吐の際、ヌラの如きものが出て、それが蛞蝓の臭ひがするのである。その人

は十数年以前蛞蝓を数匹呑んだ事があつたそうで、全くその蛞蝓が消化せず残存してゐ

たものである。

 又、前同様、歌ふ職業の婦人で、声をよくせん為、蛞蝓を二匹呑んだそうである。然る

に、数年を経て胃部の左方に癌の如き小塊が出来、漸次膨張するので、入院し手術を受

けたところ、驚くべし一匹の蛞蝓が死んで固結となつてをり、一匹の方は生きてゐて、腹

の中で育つて非常に大きくなつてゐたそうである。

 右の如くであるにみて、人間の食物以外の異物は消化し難く、何年も残存して病原とな

る事は疑ない事実である。

 故に、曩に説いた如く、人間の食物はすべて味はいを含み、楽しく食ふ事によつて全部

消化し、健康を保つのである。然るにそれを知らずして、不味、臭味等を薬と思ひ、苦食

し、それが病原となつて、苦痛は固より生命まで失ふに至つては、その愚や及ぶべから

ずと言ふべきである。

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胃疾患

胃疾患

『明日の医術(初版)第二編』昭和17(1942)年9月28日発行

 日本人に最も多い病気に胃病がある。此病気は世人も知る通り種々の症状があるが

最初の発病は殆んど軽症であるに拘はらず、療法や摂生の誤謬の為、漸次慢性症状と

なり、一進一退の経過をとりつつ、終に、悪性に移行するといふのが大部分である。

 故に、一度此病気に罹るや、軽症でも全治するのは極稀である。そうして最初は消化不

良、胸焼、胃痛等の軽い症状である。以下詳細に説明してみよう。

 消化不良の原因は、先天的には然毒、後天的には尿毒、薬毒及び食事の方法の不適

正等によるのである。そうして初め、右の然毒又は尿毒が胃の外部に集溜し、それが漸

次固結となつて胃を圧迫する為、胃は萎縮して活動が遅鈍となり、消化不良となるのであ

る。

 次に、今一つの原因である食事の方法の不適正とは、近来、医学が唱へる食物の量

と、食事の時間を規則正しくせよといふ事で、之が非常な誤りである。何となれば人間は

機械ではないのと、食物なるものは不同であるからである。それはどういふ訳かといふ

と、食事と食事との間の時間中、運動をする事もあれば、運動をしない事もある。それに

よつて食物の消化に差異が生ずるのは当然である。又、食事に於ても、其種類によつ

て、消化に遅速あり、一時間で消化する物もあれば、三時間以上費す物もある。故に、規

則正しくするに於ては、食事の時、空腹である事もあれば、未だ空腹にならない事もあ

る。空腹ならば食欲旺盛で消化は良好であるが、未だ食欲が起らないのに、時間である

からといつて無理に食物を摂れば悪いに定まつてゐる。それは、前の食物が停滞して居

る上に、新しく食物を入れる場合、前の食物は腐敗醗酵してゐるから、その毒素の為に、

新しい食物の消化は、妨げられるのである。而もそれが又消化しきれない内に、又時間

が来たといつて仕方なし食ふといふ具合で、漸次消化不良となるのである。故に正しい食

事の方法とは、前の食物が充分消化し尽してから食事をとるのである。そうして、前の食

物が消化したか否かは、食欲といふいとも正確な指針があるから間違ひないのである。

故に空腹即ち食欲があれば食ひ、なければ食はないといふやうにするのが本当である。

従而、正しい食事法とは食ひたい時に食ひたいものを、食ひたい量だけ食ふ―といふ、

言はば自然である。そうして食ひたいと思ふ物は、其時何等かの必要上、身体が要求し

てゐる為であるから、それを食へばいいのである。又量も同一の意味で、必要なだけ即ち

食ひたいだけ食ふべきである。

又、食ひたくない物を薬になるとか、栄養になるとかいつて我慢して食ふのも間違であると

共に、食ひたい物を我慢して食はないのも不可である。又食欲があるのに喰べ過ぎると

いつて中止するのも不可であり、満腹して食欲がないのに、無理に詰込むのも勿論不可

である。要は飽迄自然でなければならないのである。

 然し、右の方法が良いからといつて、境遇上、何人も行ふ訳にはゆかないので、食事時

間の一定してゐる人は、其場合、量によつて加減すればよい訳である。そうして食物は、

空腹でさへあれば、如何なる物も美味であり美味であれば、栄養満点である。故に、右の

如き食事法を実行すれば、消化不良など絶対あり得べき筈がないのである。

 然るに、不自然な食事法と共に、軽症の胃病発生するや、大抵は胃薬を服用するので

ある。胃薬は消化薬であるから、最初は消化を援け、苦痛は解消するから治癒したと思

ふのであるが、真の治癒ではないから、復(また)発病し復服薬、又治癒し復発病すると

いふやうに繰返し、終には本格的胃病となるのである。元来消化薬なるものは、重曹が

主であり、食物を柔軟にするのである。所が本来、胃の腑の役目は、嚥下した食物を胃

自体の活動によつて柔軟にするのにあるが、其役目を消化薬が分担するから、胃の活動

力は漸次退化する。退化するから不消化になる。不消化になるから消化薬を服むといふ

やうに、悪循環作用となつて、胃は漸次弱体化するのである。加ふるに一旦吸収された

薬剤は、薬毒に変化し、胃中に還元されて胃壁外へ浸潤し、凝結するので、その凝結が

胃の圧迫材料となつて胃はいよいよ萎縮し、鈍化し、弛緩するので之が即ち胃下垂であ

る。又薬毒を解消すべく、自然作用は胆汁をしきりに胃に向つて送入する。之が、胃酸過

多症である。又胃部に溜結せる毒素の浄化作用が胃痛の原因である。然し、胃痛には二

種あつて、凝結毒素が胃を圧迫する痛みと、凝結毒素が溶解する痛みとある。前者は満

腹時に痛むのである。それは、満腹によつて胃と凝結毒素と圧迫し合ふからである。後者

の場合は、溶解毒素が胃中に浸潤し胃壁の一部に滞溜してゐる。それが空腹による胃

縮小の為に痛むのであるが、重に前者は強痛、後者は軽痛である。胃痙攣の激痛は、前

者に属し、第一浄化作用の極点に達した時即ち毒素凝結が最も硬化し、強度に胃を圧迫

する為で、医療はモヒの注射によつて感覚を麻痺させ、一時無痛たらしめ、安静にして流

動食を摂るのである。それが為、浄化作用が弱るから、毒素硬化は鈍り、又胃は、流動

食によつて弱化し、抵抗が弱まるから、一時小康を得るのである。又胸焼は、胃部の溜

結毒素溶解のための局部的発熱である。

 次に、胃潰瘍の原因は、大部分消化薬の連続の為である。稀には大酒の為もある。そ

れは消化薬が食物を柔軟にすると共に、胃壁をも柔軟にするからである。柔軟化した胃

壁に食物中の固結物が触れると、そこが破れて出血する。それが胃潰瘍の出血であり、

痛みも伴なふのである。そうしてその多くは、最初胃壁の一部に極微小の欠陥を生じ、少

量の血液が不断に滲出する。それが胃底に滞溜し、漸次増量するに従ひ、消化を妨げる

事がある。又その出血が、胃壁から、外部へ浸潤し、胃以外の局所に滞溜し、又は腸の

上部に滞溜する事もある。此滞溜が多量の場合、胃部より腹膜部にかけて膨満し、浄化

作用によつて嘔吐する場合、驚く程多量の血液を出すが其際の血液は、コーヒー色を呈

し、熟視する時、多少の微粒状血液を見るのである。又此血液滞溜が幽門部を圧迫し、

幽門狭窄を起す事もあつて、その為嘔吐を促進するのである。是等によつてみても、消

化薬の害たるや、実に恐るべきものがある。

 大酒の為の胃潰瘍は、実は大酒家は飲酒後又は飲酒中に、胃薬を用ひる癖の人が多

いので、そういふ人は、酒の為よりも、胃薬の為である。

 それから極稀ではあるが、胃薬も用ひず、痛み等もなく、何等の原因もなしに吐血又は

小さな血粒が痰に混つて出たりする事がある。此症状は医師も診断に困るのであるが、

先づ胃潰瘍に近い症状である。之は如何なる訳かといふと、胃の一部に極微な腫物を生

じ、そこから血液が滲出するのであるから、一時吐血があつても放任しておけば自然に治

癒するのである。

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胃癌・病気と霊五

胃癌・病気と霊五

『明日の医術 第三編』昭和18(1943)年10月23日発行

 この病気も真症と擬似と両方ある。真症は霊的であるからそれを書いてみよう。この病

気は胃部に固結が出来るのであって、初めは気のつかない位の小さなものが漸次膨大し

てついに拳大又はそれ以上に及ぶものさえある。そうして右の固結が胃又は幽門を圧迫

するので食欲不振となり、痛苦を伴い、衰弱の結果死に到るのである。右の固結は頗(す

こぶ)る硬度であって、大なるものは固結が集合しているごとく指頭を以て探れば、柔軟な

る中に多くの硬い大小の塊がある。そうして真症胃癌の特異性としては、末期に到るに従

い、頻繁なる嘔吐がある事である。その場合、吐瀉物は透明なるヌラであって、その量の

多き事おどろくべき程で、ほとんど無限とさえ思わるる位である。言うまでもなくこのヌラ

は、癌から発生する毒液であって普通は無臭であるが、稀にははなはだしき有臭のもあ

る。このヌラが常に胃中に充満しそれが食欲を絶無ならしめるので、止むを得ずこの場合

患者はサイダー又は番茶のごとき飲料を飲み、それを誘引物として、態(わざ)と嘔吐を

促させるのである。それによって数回以上の嘔吐をなし、胃中のヌラが減少するにおいて

多少の飲食物を摂り得るのであるから、実に悲惨な症状である。この病気を霊的に考察

する時、次のごときものである。

 それは、この病気に罹る人は龍神の再生であって、龍神時代その特性である多数の生

物を呑んだのが原因である。それが龍神の霊体におけるちょうど人間の胃部に相応する

局所に呑み込んだだけの生物の霊が、怨恨の想念を懐いたまま滞溜する事になるのであって、それらの霊の怨念の物質化したものがヌラとなるのである。この理によって、真

症胃癌の患者の面貌は、龍という感じが非常にするのである。

 しかるに、本医術によって腎臓治療をなし、腎臓の活動が旺盛となるに従い、癌毒が漸

次軽減し、固結は柔軟となって縮小し、ついに治癒するのである。

 擬似癌においては、患部の状態が右と同一のように観(み)ゆるが、これは単に普通の

尿毒の固結であるから、ヌラは全然ないのである。故に、治癒も普通疾患のごとく容易で

ある。

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